パニック障害や、閉所恐怖症と関係する自分の思いに取り組んだ私自身のケースからです。
パ ニックアタックに見舞われる際には、動悸が早鐘のように鳴る、呼吸が苦しくなり、「死」への怖れが常に身近に沸き上がってきていたものでした。なぜこれほ どまでに「死」を怖れるのか?「予期せず傷つけられる→信頼できるものなど何もない」。これが「死への恐怖」にまつわる私の中にある思いとしてでてきまし た。そして、この思いにまつわる記憶に対して、MRをしました。そ れは、私が10歳ぐらいの記憶でした。家族と、今から車に乗ろうとしている時でした。と、弟の指が後部座席のドアと車体のつなぎ目にある、危ない!と思っ た瞬間に、何も気づいていない母がその後部座席のドアを閉めてしまったのです。危ないと弟の指をはらうとか、母に気づかせてあげられなかった無力感や罪悪 感、また隣でなく弟の声を聞きながら、「怖い」という思いを10歳の私は全身で感じています。

こ の時、私は、「人は予期せずにひどいことをする(傷つける)」、これはひいては、「一番身近に愛情を注いでくれるはずの親ですらも時として傷つけるとした ら(意図せずとしても)、親以外の人であればもっと簡単に傷つけたり、ひどいことをしたりする」という思いを持ったのだと実感として感じました。だから、 この思いを持っている私は、その後も、いつも漠然とした不安を感じていたし、いつも警戒してびくびくしていなければならなかったんだ、と腑に落ちます。ま た、簡単に傷つけられるとしたら、その先にある死についても、自分が望む、望まないに関わらず自分に起こりうる、と心の深いところで思っていたことにもつ ながります。コントロールがきかないことへの異常な不安や怖れがあることともしっくりきます。

茫然自失としている母にタッピングをして、母が落ち着くと、10歳の私の動揺のレベルも下がりました。
最後は、家族みんなが落ち着いて、病院に行き処置をしてもらいました(結局は骨折もしていなかった)。大人になった弟に来てもらって、10歳の私や家族 に、健康に大きくなっている指を見せてくれ、家族全員が緊急時にきちんと対処ができた連帯感や、自分も安心感に包まれて終わりました。

私 のパニック障害の場合は、安全、安心の感覚の欠如が大きく影響を及ぼしていたのですが、MRによって、30年以上もの間、自分の人生や生活に影響を及ぼし ていた思いがどうして作られたかがわかり、またその思いを癒すことができました。また、「安心感」を実感として感じ、自分の中に増やしていくことができた と思います。

セラピスト情報

下田屋 寛子

氏名:下田屋 寛子
住所:ロンドン市内
HP:http://hiroko-shimotaya.com/

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